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タイトル

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つじり茶屋店主 
辻  利之 さん 
辻さん写真

プロフィール
辻 利之―つじ としゆき
株式会社つじり代表取締役
小倉の魚町生まれで魚町育ち 10年前につじり茶屋の店主となる。
「21世紀に生き残れるお茶屋再生」をテーマに お茶を使ったデザートを開発する等、茶離れの若者に、お茶やお茶のこころを より身近なものへとの様々な行動を起こす。

経歴
・京町銀天街協同組合理事長
・パドロニーニ(北九州市の若い芸術家を育成する会)事務局長
・小倉食市食座の広報部会長
・紫川マイタウンの会会長
・小倉のまちづくりを考える会
・お茶の出前セミナー

 

小倉の銀天街でお茶を使った色々なデザートが楽しめるつじり茶屋。このデザートの誕生秘話や商店街の活性化のためのとりくみなどを、社長の辻利之さんにお話していただきました。

お茶を通じたコミュニケーションづくりを。

 つじり茶屋は万延元年(1860年)に京都宇治の創業で、辻利右衛門によって起こされました。明治、大正と全国有数の茶問屋として、満州や大連、台北など海外にも支店を出していた程で、大量のお茶をアジア各地に出荷していました。当時九州最大の商都小倉に、つじりの九州支店がありました。私の祖父母が、その支店長として小倉に来たのが大正12年。 当初は2年くらい居るつもりが、その風情や人情に惚れてしまいこの小倉京町を一生の地と選んだのです。

 話は急に現代の事となりますが、10年前私が社長になった時に抹茶ソフトや抹茶フロートなど、お茶を使った甘い物を作りました。丁度その頃コンビニエンスストアに、日本茶や健康茶などの多くの種類のドリンクが並び始めます。同時に急須や包丁を持たない家庭が増えてきます。お茶と水を選び温度にも気をつかって、急須できちんとお茶を入れるという事など、もはや特別にさえなって参ります。このままでは将来、わざわざ魚町銀天街のつじりにお茶を買いに来なくなる、お茶屋などつぶれてしまう、という危機感を感じました。ではどうすればよいのか?つじりを選んでいただくためには、様々な工夫がいるだろうと思ったのです。私達の強味は、新鮮なお抹茶やお茶が豊富にあると言う事。その点を生かして、低単価で高品質なお抹茶のデザートを作り、良い環境(つじり茶屋の奥のスペース)で楽しんでいただき、「若い人とお茶との関わり」を創造しようと考えました。それが今、そしてこれからのつじり茶屋のコンセプトです。

 

にぎわいある街の再生。

 私が魚町で生まれ育った昭和30年代40年代は、魚町界隈に人が多く住んでいました。学校からの帰り、お店は活気が溢れ、ワクワクする場でした。最近は空洞化が進んで、人が住んでいないためか、特に夜は寂しく暗い街になって参りましたが、今から皆さんと頑張って、昔のようなにぎわいある街を再生したいですね。

 私達は商店街活性化の諸活動に参加させて頂いていますが、そのひとつ京町銀天街では今、地元のペーパークラフト作家の方に指導していただき、町内の皆さんと一緒に作品を作って、アーケード内に飾っています。「干支の馬」や「お雛さま」「端午の節句の桃太郎」、夏には涼しそうな「金魚」、秋には「十五夜うさぎ」を飾りました。冬には「サンタクロース」と「干支の羊」をつくります。
最近では京町近くの紫川に昔懐かしい貸しボートを浮かべました。かつて昭和30年代には貸しボートが営業されていたのですよ。それを、形を変えて復活させたのです。

 来年の2月、第3回目「小倉食市食座」という食をテーマにしたイベントを実施します。商店街アーケードの中にブースを設けて、地元の食の専門店の店主やホテルのシェフ、高校や大学の生徒さんなどに腕をふるっていただき、市民の皆さんにおいしいものを沢山食べてもらおうという企画です。どうぞ小倉の商店街にお越しください。

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